名古屋地方裁判所 平成4年(ヨ)784号 決定 1993年1月08日
主文
一 債権者らが債務者の責任役員の地位を有することを仮に定める。
二 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第一 申立の趣旨
主文一と同旨
第二 事案の概要
債権者らは、債務者の代表役員から、責任役員を解任されたが、その解任手続に重大な違法があつたと主張し、債務者の責任役員の地位を有することを仮に定める仮処分命令を求めた事案である。
一 争いのない事実
1 債務者は、日蓮正宗を包括宗教法人とする宗教法人であり、同宗の総本山大石寺の末寺である。
債権者らは、解任されるまで債務者の責任役員であつた。
2 債務者の代表役員(住職)中島法信(中島)は、平成四年七月一五日午後八時ころから午後九時ころにかけて、債権者らに対して、同日付けで解任した旨の解任通知書を送付した(本件解任)。
3 本件解任につき、日蓮正宗の代表役員の承認を受けていない。
二 債権者らの主張
1 司法審査の適格性、申立の適法性
(一) 債権者らが責任役員の地位にあることを仮に定めるにあたつて、本件解任の適否を判断することになるが、かかる判断には、宗教上の教義、信仰に関する事項にかかわり合いをもたない手続上の準則である日蓮正宗宗規(宗規)二三六条三項、宗教法人妙道寺規則(債務者規則)八条三項に従つて解任がなされたか否かを判断すれば足り、司法審査の適格性を有することは明らかである。
(二) 債務者規則によれば、責任役員は、責任役員会を組織し(一一条一項)、代表役員は、責任役員会の議決に基づいて事務を執行する(一〇条、一一条三項)。すなわち、責任役員会は、債務者の議決機関であり、かつ、代表役員の監督機関である。したがつて、中島個人がその宗教的信念に基づき日蓮正宗との被包括関係の廃止を企図しても、責任役員会の議決を経ない以上、被包括関係の廃止は債務者の宗教的信念に基づくものではない。むしろ、中島個人の宗教的信念と債務者の宗教的信念は相違しているというべきであり、本件申立により、何ら債務者の信教の自由は侵害されない。
2 被保全権利
本件解任は、次のとおり、宗規ないし債務者規則に反し無効である。
債務者は解任の根拠規定として民法六五一条を主張するが、民法六五一条は任意規定であり、債務者規則に役員の解任手続または不解任(解除権の放棄)を定めた明文の規定があるときは、それによるべきである(民法九一条)。また、明文がなくても法、規則中に類推可能な規定があるとき、または慣習があるとき(法例二条、民法九二条)は、それによつて処理すべきである。
宗教法人法(法)一二条一項五号は、責任役員の任免に関する事項は当該宗教法人の規則において定めると規定し、同項一二号は、責任役員の任免について「他の宗教団体を制約しまたは他の宗教団体によつて制約される事項を定めた場合には、その事項」を双方の規則に記載しなければならない旨規定する。右規定によれば、包括宗教団体の規則中に、被包括宗教法人を制約する旨の規則があつても、被包括宗教法人の規則中に、これに対応する規定がない限り、被包括宗教法人はその制約を受けないこととなる。
責任役員の解任手続に関しては、宗規中に「総代(責任役員)に犯罪その他の不良の行為があつたときは、住職(代表役員)又は主管は、この法人(日蓮正宗)の代表役員の承認を受けて、ただちにこれを解任する」旨を規定する二三六条三項がある。他方、債務者規則中にも、「日蓮正宗の規則中この法人に関係がある事項に関する規定は、この法人についても、その効力を有する」旨の規定(三五条)があり、これは、法一二条一項一二号の相互規定に該当する。したがつて、債務者における責任役員の解任については、宗規二三六条三項が適用される。
宗規二三六条三項は、解任に関する一般規定であり、解任事由を責任役員に犯罪その他の不良の行為があつた場合に限定し、日蓮正宗代表役員の承認を受けることを解任の要件とする。債権者らに犯罪その他の不良の行為はなく、解任につき日蓮正宗代表役員の承認も受けていないから、債務者の債権者らに対する解任は宗規二三六条三項に違反し無効である。しかも、解任通知書には、解任事由は記載されておらず、中島から債権者らに対して解任に関する事情聴取や事前の説明なども一切おこなわれず、法一八条五項にも違反する。
仮に、宗規二三六条三項の適用がないとしても、解任権と選任権は表裏一体であると解されること、厳格な要件で選任された責任役員を、よりゆるやかな手続で解任できるとすれば、組織に混乱を生じさせることから、債務者規則八条三項は、責任役員の解任の場合にも類推適用されると解すべきである。したがつて、日蓮正宗の代表役員の承認のない本件解任は無効である。
3 保全の必要性
(一) 責任役員は、責任役員会を介して、職務執行者である代表役員の寺院運営を監督する権能と責務を有し(法一八条一項、四項、一九条、債務者規則一一条、一九条、二一条、二四条、二九条)、代表役員が地位を悪用したり、恣意的な寺院運営を行う事態が生じた場合には、責任役員はただちにこれを防止し是正する措置を採らなければならず、当面、責任役員の関与を必要としないとは到底いえない。
(二) 具体的には、次のとおり、代表役員の違法行為を是正し、寺院運営を正常に戻す措置を講ずる必要に迫られている。
従来、中島は責任役員会を無視して債務者を運営しており、実体や財産関係が不明瞭であつた。加えて、債務者は寺院の増築費用五八四五万円余の未払債務を負つており、この債務返済のため、中島が債務者の財産を勝手に処分することも懸念される。責任役員の監督機能を果たすためにも、債務者の関係帳簿を閲覧し、債務者の運営や財政の実体を知る必要がある。
また、中島及び新責任役員らにより債務者規則の変更、被包括関係の廃止の手続が進められている。規則変更は所轄庁の認証を受けることとなる(法二六条一項)が、所轄庁の認証がなされた場合、認証の取消の訴えを三月以内に提訴しなければならず(行政事件訴訟法三条、八条、一四条)、このまま放置されれば将来本案訴訟で勝訴しても是正は不可能ないし困難となる。
その他、平成五年度(平成五年四月一日から平成六年三月三一日)の予算は平成五年二月までに決議しなければならず(債務者規則二四条、三一条)、債務者における最も重要な決議事項の一つである予算の決議を行う時期も迫つている。
(三) 債権者らは、本件解任により、経済的不利益は受けない。しかし、責任役員の地位にあることにより、信仰する日蓮正宗の教義をひろめ、その所属する債務者の礼拝施設その他財産の維持運用に参画することでその信ずる日蓮正宗の興隆に資する利益がある。本件解任により、債権者らの右利益は侵害されており、社会生活上、特に宗教上の不利益を受けている。
三 債務者の主張
1 司法審査の適格性、申立の違法性
(一) 債権者らと債務者間の紛争は、日蓮正宗と債務者との間の、教義の解釈、信仰者としてのあるべき姿などを巡る宗教上の紛争である。裁判所が、責任役員解任の可否を判断することは、宗教上の信念の対立に介入し、その一方の立場を支持することになり、政教分離の原則に反する。したがつて、本件申立は、その実質において法令の適用により終局的に解決することができないものであり、裁判所法三条の「法律上の争訟」に該当しない。
(二) 本件申立は、日蓮正宗が被包括関係廃止を阻止するため、債権者らに指示して提起したものである。したがつて、それ自体、信教の自由を保障した憲法二〇条、法七八条に反する違法な申立であり、直ちに却下すべきである。
2 被保全権利
(一) 日蓮正宗は、その信徒団体である創価学会の発展に伴つて、大きくなつたが、次第に日蓮正宗の僧侶の腐敗堕落ぶりが目に余るものとなつた。また、日蓮正宗の中から、池田名誉会長と創価学会員との絆を絶ち、創価学会を弱体化させ、日蓮正宗の支配下に置こうとする働きが出てきた。
創価学会は、日蓮正宗に対し、法主かつ管長である阿部日顕の教義逸脱、金権腐敗堕落、謗法容認に対する指摘・要望、総本山ないし末寺の僧侶及び僧侶の家族の腐敗、堕落の姿に対する指摘・要望等を行つた。しかし、日蓮正宗は、正当に反論したり、日蓮正宗の在り方を改めることなく、かえつて、創価学会に対し、解散勧告書、破門通知書を送付したため、創価学会は阿部日顕法主退座要求書を送付し、一六二四万九六三八名の退座要求署名を提出した。
平成四年二月以降、日蓮正宗の僧侶の中から、日蓮正宗に留まることは、かえつて日蓮大聖人の精神に反するとして、寺院の離脱、僧侶の離山が相次いだ。現在まで離脱、離山に至らないものの、日蓮正宗の現況を改革すべきと考え、阿部日顕管長の方針から離反している僧侶は全僧侶の大多数を占めている。
中島は、阿部日顕管長の日蓮大聖人の精神を逸脱する行動及び日蓮正宗の誤つた方針に対し、信仰者として追従、放置することができず、自己の宗教的信念を貫くために、債務者と日蓮正宗の被包括関係を廃止し、自由な立場で意見を述べ、真の日蓮正宗の改革を推進することを決意した。
ところが、債権者らは、日蓮正宗の意向に従い、日蓮正宗や阿部日顕管長の誤つた考えに随従して、債務者の本来の目的を正しく認識しえなかつた。債権者らは信徒のごく一部を占める法華講員の代表に過ぎず、信徒全体の意思を反映した者ではない。
そこで、中島は、債務者の本来の目的に沿う意見を有し、かつ信徒全体の意思を反映した人を責任役員に選任する必要から、平成四年七月一五日本件解任を行い、同日、大多数の信徒の意思を反映している新責任役員を選任した。債務者は、新責任役員会の全会一致で、日蓮正宗との被包括関係の廃止を内容とする規則変更を決議し、日蓮正宗を離脱した。
(二) 法一二条一項五号、一二号によれば、包括宗教団体の規則中に、被包括宗教法人を制約する旨の規則があつても、被包括宗教法人の規則中に、これに対応する具体的な規定がない限り、被包括宗教法人はその制約を受けないこととなる。
ところが、宗規中に「総代(責任役員)に犯罪その他の不良の行為があつたときは、住職(代表役員)又は主管は、この法人(日蓮正宗)の代表役員の承認を受けて、ただちにこれを解任する」旨の二三六条三項があるものの、債務者規則中には、「日蓮正宗の規則中この法人に関係がある事項に関する規定は、この法人についても、その効力を有する」旨の条項(三五条)があるだけで、右条項は一般的な白紙委任条項であるから、宗規二三六条三項に対応する具体的な規定とはいえない。
したがつて、法一二条一項一二号の要求する双方規定性を満たさないから、債務者において、責任役員の解任に関し、宗規二三六条三項の制約を受けない。
しかも、宗規二三六条三項は、文言上、解任事由を制限的に列挙したとは解されず、また、実際上も、責任役員につき、心身に支障をきたし職務遂行ができなくなつた、職務を怠つた、宗教法人の目的とする信仰をやめた等の事由が生じた場合にも、当該責任役員の解任ができないと解することは、極めて不合理である。宗規二三六条三項は、義務的に責任役員を解任しなければならない場合を規定しただけで、解任一般に関する規定ではないと解される。
結局、責任役員の解任一般については、よるべき規定はないから、解任事由、解任手続とも、民法の委任の規定に委ねられ、債務者は、民法六五一条一項により、責任役員を任期中、いつでも、事由の如何を問わず、解任事由を明示することなく、解任することができると解すべきであり、本件解任につき、日蓮正宗の代表役員の承認も必要ないというべきである。
(三) 仮に、民法六五一条一項に基づく解任の場合にも、日蓮正宗の代表役員の承認が必要であるとしても、次のとおり、被包括関係の廃止を実現するために必要な一連の措置として行われた債権者ら責任役員の解任については、その承認は不要である。
被包括宗教法人において、代表役員はもとより大多数の所属信徒が被包括関係の廃止を望んでいるに、責任役員が反対の意思を有するときは、被包括関係の廃止を実現するため、責任役員を解任して、新たに所属信徒の代表としてその意思を反映するにふさわしい責任役員を任命することが必要不可欠となる場合がある。かかる場合、包括宗教団体が被包括宗教法人の責任役員の任免に関して有する権限を行使し、代表役員による責任役員の解任を妨げれば、被包括関係の廃止の実現は阻害される。
被包括宗教法人の信教の自由(特定の宗派に属するか否かの選択の自由)を保障した法二六条一項後段、七八条の趣旨に照らせば、被包括関係を廃止するために、これに反対する責任役員を解任するときは、責任役員の解任につき包括宗教団体の一定の権限を定める規則があつても、これによることを要しないと解される。
本件解任は、まさに債務者が包括宗教法人である日蓮正宗との被包括関係を廃止するために必要な措置として行われたものであるから、仮に、民法六五一条一項を根拠とする責任役員の解任手続にも、解釈上、日蓮正宗の代表役員の承認が必要であるとの立場をとつたとしても、その承認は不要である。
(四) 債権者らは、法華講妙道寺支部の講員であるが、債務者の信徒のごく一部を占める法華講の代表に過ぎず、債務者信徒の真の代表ではない。債務者の所属信徒数は約一万八〇〇〇世帯であるが、創価学会員が約一万七五〇〇世帯であり、法華講員は約五〇〇世帯に過ぎない。しかも、債権者らは、前述のとおり悪行を繰り返す日蓮正宗を支持する一方、創価学会を悪と決めつけて、繰り返し創価学会員を創価学会から脱会させ法華講に所属させ日蓮正宗を支持させようとした。中島は、前述のとおり、現在の日蓮正宗が日蓮大聖人の精神に反していると考え、債務者を日蓮正宗から離脱させ、日蓮大聖人の精神のままに行動することが債務者の法人設立の目的に適うことであると確信し、かつ信徒全体の意思を反映する人を責任役員に選任する必要があり、本件解任を行わざるを得なかつたものであり、本件解任には実質的な正当性がある。
6 保全の必要性
(一) 債務者の日常的な事務処理は代表役員(住職)が行つており、それで十分である。当面、責任役員の関与を必要としない。また、必要な事態が生じても、既に、債務者において、新責任役員を選任しており、十分に対応ができる。
債務者の信徒の大多数は、新責任役員会の被包括関係廃止の決議を支持し、現在、債務者において、法人運営上何らの問題も発生しておらず、法人運営は円滑に行われている。
逆に、債権者らの地位を認める仮処分命令が発令されることとなれば、既に大多数の信徒の支持を得ている代表役員及び新責任役員と少数派の代表に過ぎない債権者らとの宗教的信念の違いによつて、債務者の運営につき、大混乱が生じる。したがつて、本案判決が出るまで現状を維持することが、債務者の運営上妥当である。
(二) 債務者の責任役員は、予算の編成や決算の承認等を債務者運営に関与しているだけであり、その地位を根拠に、債務者の事務を執行したり、債務者から報酬を受けるものではなく、寺院を利用する等の権限が発生するものではない。したがつて、社会生活上、債権者らに回復しがたい損害は発生しない。
第三 当裁判所の判断
一 司法審査の適格性
裁判所法三条一項の「法律上の争訟」とは、(1)当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であつて、(2)法令の適用により終局的に解決することができるものである。しかし、(1)の要件を満たすものであつても、その前提として、宗教上の教義、信仰の内容に立ち入つた判断をしなければならず、しかも、その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合には、右訴訟は、その実質において、(2)の要件を欠くものとして、裁判所法三条一項の「法律上の争訟」に該当しないというべきである(最高裁第二小法廷判決平成元年九月八日参照)。
本件申立は、責任役員という法律上の地位を仮に定めることを求めるものであり、(1)の要件を充足する。問題となるのは(2)の要件であるが、この点につき、債務者は、債権者らと債務者間の紛争は、日蓮正宗と債務者との間の、教義の解釈、信仰者としてのあるべき姿などを巡る宗教上の紛争であり、(2)の要件を欠くと主張する。なるほど、疎明資料によれば、本件紛争の背後には、いわゆる日蓮正宗大石寺派と創価学会派の確執があることは明らかである。しかし、右の事情は、本件解任の動機、理由には深く関連するものの、手続的な適正とは直接の関連性はない。債権者らは、本件申立において、手続違背を理由に本件解任の無効を主張しており、債権者らの法的地位を判断するにあたり、本件解任の手続的適正の有無を判断すれば足り、その動機、理由まで立ち入つて判断する必要はなく、また、すべきでもない。したがつて、右紛争の内容に立ち入つた判断をする必要はないというべきである。債権者らの解任が手続上の準則に従つてなされたか否か、手続上の準則が何であるかを判断することは可能であり、(2)の要件を充足し、司法審査の適格性は、これを肯定すべきである。
二 申立の適法性
債務者は、本件申立は日蓮正宗が被包括関係の廃止を阻止するために、債権者らに指示して提起させたものであり、債務者の信教の自由を侵害する違法な申立であると主張する。しかし、責任役員は、宗教法人の業務及び事業の維持管理運営に関する事項を決定する常置必須の決定機関であり(法一八条一項、四項、債務者規則一一条)、被包括関係の廃止等の重要な事項に関する債務者の意思決定は、責任役員会の議決によるというべきである。後述のとおり、債権者らは適正な手続によらず責任役員を解任されたと一応認められるから、法的に有効な被包括関係の廃止を内容とする規則変更決議は存在しないというべきであり、債務者が被包括関係の廃止を企図しているとは言い難い。したがつて、債務者が被包括関係の廃止を企図していることを前提とする債務者の主張は採用できない。
三 被保全権利
(一) 前述のとおり、債権者らは、本件解任を受けるまで、債務者の責任役員であつたこと、中島は平成四年七月一五日付けで解任通知を送付したこと、本件解任につき日蓮正宗の代表役員の承認を得ていないことは、当事者間に争いがない。
そこで責任役員の解任の準則は何か、本件解任が解任手続の準則に従つたものかを検討する。
法一二条一項五号は、責任役員の任免に関する事項は、当該宗教法人の規則において定めると規定し、同項一二号は、包括宗教団体の規則中に、被包括宗教法人を制約する旨の規則があつても、被包括宗教法人の規則中に、これに対応する規定がない限り、被包括宗教法人はその制約を受けない旨規定する。同項一二号の規定は具体的なものであることを要し、一般白紙委任条項はこれに該当しないと解すべきである。何故なら、一般白紙委任条項も右規定に該当するとすれば、包括宗教団体が一方的に行う規則の変更によつて、被包括宗教法人の規則の内容がこれに従つて変動することになり、被包括宗教法人の意思決定の自由を事実上奪い、ひいては、被包括宗教法人の信教の自由を奪う結果となるからである。
包括宗教団体である日蓮正宗の宗規中には、「総代(責任役員)に犯罪その他の不良の行為があつたときは、住職(代表役員)又は主管は、この法人(日蓮正宗)の代表役員の承認を受けて、ただちにこれを解任する」旨の二三六条三項はあるものの、これに対応する具体的な規定は、債務者規則中にはない、債権者らは、債務者規則三五条をもつて、法一二条一項一二号の双方規定に該当する旨主張するが、「日蓮正宗の規則中この法人に関係がある事項に関する規定は、この法人についても、その効力を有する」との債務者規則三五条は、明らかに一般白紙委任条項であり、双方規定に該当しないというべきである。他に債務者規則中に、責任役員の解任に関する一般的な規定はない。
他方、債務者は、債務者と責任役員との法律関係は民法上の委任の性質を有するから民法六五一条一項により、いつでも解任できる旨主張する。確かに、債務者と責任役員との法律関係は委任ないし準委任の性質を有するものである。しかし、責任役員については任期の定め(債務者規則九条三項)があり、その職務も恒常的なものであることに照らせば、専ら委任者の利益のためにされる一時的な事務を想定して規定された民法六五一条一項が、右法律関係に当然適用されるとの見解を、当裁判所は採用しない。被包括宗教法人の規則中に責任役員の解任に関する明文を欠く場合、同事項につき、当該規則中に類推適用ないし準用しうる規定があるとき、または慣習があるとき(法例二条、民法九二条)は、それによるべきであり、そのような規定または慣習すらないとすれば民法六五一条が適用されると解するのを相当とする。
一般に選任権と解任権は表裏一体の関係にあることから、債務者規則中に責任役員の選任の規定がある場合には、まずこれを類推適用すべきである。
したがつて、責任役員を解任する場合も、債務者規則八条三項を類推適用し、解任につき日蓮正宗の代表役員の承認を受けなければならないと解すべきである。本件解任には、日蓮正宗の代表役員の承認はなく、手続の重要な点に違背があり、しかも、右違背は直接解任の効力に影響を与えるものであるから、本件解任は無効と解される。
(二) 債務者は、さらに、被包括関係を廃止するために、これに反対する責任役員を解任するときは、責任役員の解任につき、日蓮正宗の代表役員の承認を要する旨の規則があつても、これによることを要しないと主張する。
しかし、前述のとおり、法及び債務者規則を総合すれば、重要な事項に関する債務者の意思決定は、責任役員会の議決によるというべきである。責任役員会による被包括関係の廃止を内容とする規則変更決議がない以上、被包括関係廃止の意思は債務者の意思であると評価できず、日蓮正宗の代表役員の承認を不要とする理由を見出せない。
(三) 債務者は、また、債権者らは日蓮大聖人の精神に反する日蓮正宗を支持する法華講妙道寺支部の講員であり、かつ、債権者らが債務者の信徒の極一部の代表にすぎず、妙道寺信徒の真の代表ではないから、本件解任には実質的な正当性があると主張する。しかし、債務者のいうところの実質的正当性は、本件解任における手続上の瑕疵を治癒させるものとは理解できない。そもそも、本件申立においては、本件解任の手続的適正につき判断すれば足りるから、実質的な正当性の有無については判断しない。
四 保全の必要性
本件申立にかかる仮処分は、いわゆる仮の地位を定める仮処分の類型に属するものであり、申立が認容されるためには、仮処分の発令が債権者らに生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるために必要であることが主張、疎明されなければならない。著しい損害は、直接及び間接の財産的損害ばかりでなく、名誉、信用その他の精神上のものであつてもよい。
検討するに、債権者らが、本件解任により、経済的な不利益を受けないことは当事者間に争いがない。しかし、本件疎明資料を総合すれば、債権者らが、債務者の責任役員として、日蓮正宗の教義をひろめ、債務者の礼拝施設その他の財産の維持運用に参画し、日蓮正宗の興隆に資する宗教生活上の利益を有すること、この利益が本件解任により侵害され、その損害も著しいことは一応認められる。
債務者は、新責任役員により債務者の運営が支障なく行われていること、仮処分命令の発令は債務者の運営上混乱を生じることから、保全の必要性がないと主張するが、新責任役員による債務者の運営によつては、債権者らに生じる宗教生活上の損害を回避できないし、仮処分命令の発令による混乱は、この種の仮処分命令発令に本来的に予想されたものであり、ただちに、保全の必要性を減殺するものではないから、債務者の主張は採用できない。
五 以上、検討したところ、債権者らの申立は理由があると一応認められるから主文のとおり決定する。
(裁判官 本間健裕)